【前編】市民の生活に根付かせ住み心地の良い街を作りたい。「しずおかMaaS」が目指す未来の都市のあり方

【前編】市民の生活に根付かせ住み心地の良い街を作りたい。「しずおかMaaS」が目指す未来の都市のあり方

日本一の富士山、伊豆に熱海に浜松に御殿場、駿河湾や南アルプスを含む豊かな自然…。全国で13位の7,777kmもある広大な面積に、海・山・川・湖などの雄大な自然と人々が暮らす都心部がバランスよく発展している静岡県。県庁所在地の静岡市は中心地として賑やかなイメージがありますが、実はまちづくりにおいて見えない課題がいくつも存在していました。
そこで、「誰もが快適に、そしていつまでも暮らしやすい街を」―その強い思いを胸に抱き、静岡市の現状と交通機関の課題を解決するために、しずおかならではのMaaSプロジェクトが立ち上がります。

前編・後編でお届けする今回のインタビュー。前編ではしずおかMaaS発足の経緯や目的、そしてはじめに実施した実証実験について、お話を伺いました。

公共交通機関と行政がぶつかっていた、人口減少という課題

---しずおかMaaSプロジェクトはどのような経緯と目的で設立されたのでしょうか?

水野:現在、日本全国で人口減少が社会問題になっていますが、静岡市も同様の課題を抱えています。20ある政令指定都市の中でも人口が70万人を切る、一番小さな指定都市が静岡市です。政令指定都市の人口要件はもともと人口100万人、または近い将来100万人になる見込みとされていますが、2001年から2010年は市町村の合併を支援するために70万人に緩和されました。しかし、人口減少が甚だしく、その数字を切ってしまいました。

全国で見れば、もっと減少率が高い都市は他にもあるでしょう。指定都市に選ばれるほどですから、静岡市は経済的にも発展しているというイメージがあるかもしれません。しかし実は表面に出ていないだけで、非常に多くの課題を抱えているのです。

南アルプスから太平洋まで広大な土地を有する静岡市の人口は、街中(まちなか)に集中しています。この先どのようなまちづくりをしていけば市民にとって適切なサービスを提供しながら、街を繁栄させることができるのか。静岡市としてはコンパクトシティの実現を標榜しているものの、中山間地にまで点在する集落と街を結ぶ交通網と街の活性に頭を悩ませていたのです。

私は長年にわたり、静岡鉄道で交通事業などに従事してきました。これまでは私鉄ビジネスとは沿線を開発して住まいや娯楽、商業などを展開するものだというセオリーがあって、私たちもそれになぞらえて、静岡という土地で企業を営んできたのです。少子高齢化により人口が加速的に減りつつある今、私たちができることは何か…。そう自問したとき、メーカーのように販路を海外へ拡大することではなく、地元に貢献しながら共存共栄をはかっていくことに尽きると思い至りました。

交通機関には赤字の路線も多く、行政の補助を得ながら将来のことを考えなくてはなりません。そうした静岡市の現状と交通機関の課題を包括的に捉え、もっと良い方向を探りたいという思いが強まったため、静岡市の交通政策部門に今後の静岡市について議論しましょうと掛け合いました。それが2年ほど前のこと。実際に対話を重ねると、行政でも同じような課題感を抱いていることがわかり、議論をつくしながら様々な施策を考え、実践すべく「しずおかMaaSプロジェクト」が立ち上がりました。

---静岡鉄道で抱いていた課題感やMaaSの機関プロジェクト発足の経緯以外に、行政目線ではどのような目標があるのでしょうか?

八木:そうですね、先ほど水野さんがおっしゃったように、人口減少を大きな課題として捉えています。

高度経済成長期から一変、時代が転換期に差しかかろうとしている中で、行政のあり方も変えていかなければなりません。今はコロナ禍ということもありますが、人口が減少すれば税収が減りますし、少子高齢化が加速すれば生産人口が増えないのに高齢者が増加する、つまり、財政面で弊害が出てきます。そこに対し、行政としてはどこへ舵を切り、最適化するべきかを考える必要があったのです。

そこで浮上したのが交通とICT化。この2つを活用することで何か解決策が出てこないかと模索しました。人は日常的に移動をします。働いて、遊んで、必要なモノを買って…そこには必ず移動が発生しますよね。都市機能としてもスムーズな移動は欠かせない要素ですし、まずはここを整えていくべきだと考えました。

誰もが利用できる交通=社会のインフラになるわけですが、日本では民間企業がインフラを提供しています。ですから、私たちは第一歩として静岡市内で交通インフラを提供している静岡鉄道さんと連携する必要があったのです。そのほかにも金融や福祉などの利害関係者を含め、コンソーシアム形式で同じ意識のもと、静岡を変えていこうと提案しました。そうやって官民の連携を進め、実現したのがしずおかMaaS。静岡の未来に向けて新たな光を照らす。その目的をモチベーションに、日々、思考を巡らせています。

静岡市は2018年の国連ニューヨーク本部での宣言により、SDGsのハブ都市(Local 2030 Hub)として認定されました。日本を代表するSDGs未来都市として、海から山、市街地から自然と、豊かな環境に恵まれた静岡市で、誰もが住み続けられる街を作りたい。もちろん、一筋縄でいかないところもありますが、将来の交通や生活をどのようにプロデュースしていけるか、ロマンとそろばんの両立を目指して、試行錯誤を繰り返しているところです。

---利害関係者が多くいらっしゃるとのことですが、官民の連携で苦労されたことは?

水野:他所では大変だったという声を聞きますが、静岡市では連携に関する苦労はありませんでした。

他の地域では交通事業者が何社も乗り入れしていますが、静岡市では路線バスの運営に関してはほぼ静鉄グループが担ってきたことが理由としては大きいかもしれません。乗り入れがあると、同業者間で利害調整が発生してしまい、どの企業がどの部分を担当するのか、どの企業が責任を負うのか、リーダーシップをとるのかなど、随所で調整が必要となりますし、それらを全方位的にまとめるのは非常に困難です。幸いなことに、静岡市は静鉄グループが長年、一社で運用を担当してきましたので、障壁は他所より低かったのではないかと。

もう1つは、本プロジェクトの発起人が企画部門だったこと。弊社は電車は直営ですが、バスは2002年に分社化しています。交通畑出身の人間が発起人の場合、「日々の安全運行」を最優先しながら、異なる軸でこうした取り組みを両立させようとすると、動きをやや鈍らせてしまう。電車もバスも、部門は異なりますが、お互いもたれあいにならないようにガバナンスを効かせながら切磋琢磨してきましたから、そのバランスも崩したくはない。そうした点でも、第三者的な立場から話が持ちかけられたのは大きかったかもしれませんね。

ちょっとした移動を埋めるために〜オンデマンド交通の実証実験

---そうした経緯を経て、2年前にコンソーシアムが立ち上がり、2019年度のオンデマンド交通の実証実験へとつながっていきます。改めて、経緯について教えてください。

八木:静岡市の交通政策における課題の一つに、バス、電車、タクシーなど、交通の実質的な連携部分が上がっていました。東京だと、あらゆる交通手段が全て連結していますし、それぞれのダイヤも利用者が乗り換えに合わせて調整されていますよね。つまり、移動が効率化されている。

静岡市はJRと静岡鉄道の駅も離れていますし、各々のダイヤでバスが走行するなど、移動と移動のつなぎ部分がまだまだ弱い。そこにギャップを感じ、乗り換えをつなぐ交通としてICTを活用したAI相乗りタクシーの案が持ち上がりました。ただ、タクシーは個人の移動意向に着実に応えられますが、バスや電車と比べて料金が高く気軽に利用することができません。そのため利用金額を抑えて日常使いできるようにと相乗りへ。そこへさらに、個人のちょっとした移動やバスと電車のつなぎを埋めるには、オンデマンドがベストだと考えました。

---1年の実証実験の中で実際に大変だと感じたこと、新たに気づいたことなどあるかと思いますが、まずは率直なご感想を伺えますか?

水野:ある程度の手ごたえを感じつつも、ユーザーに利用してもらうことの大変さを強く感じました。一定の目標数を定めてプロモーションをかけたつもりでしたが、実際の利用者は目標の3〜4割程度。あくまで実験として考えており、エントリーしてくれた人、実際に乗ってくれた人、エントリーしたけど利用しなかった人、エントリーしなかった人にセグメントを分けて、理由や背景を集計し、改善する想定でしたのでそれなりにセグメントは揃いましたが…。もっと多くの人に使っていただきたかったというのが本音です。

八木:好意的に受け取ってくれた人はいたものの、それがマス(多数)ではなかった。地域も限定的だったので今年は範囲を広げ、静岡市全域で展開しようとしていたんです。しかしその矢先でコロナが世界中を襲ってしまった…。

一方、手ごたえを感じたのはICTの配車システムです。当時はタクシーに配車システムが搭載されていませんでしたが、今回の実証実験を通してタクシー会社も私たちもICTの活用方法を深く理解することができました。これを改良していけば、利用者により便利なサービスとして活用いただけると実感しましたね。

---利用した方からはポジティブな反応があったものの、広くは浸透しなかった。システムや土台となる部分は整理が進んだ。大きくこの2点が実証実験から得られた結果ということでしょうか?

水野:おっしゃる通りです。テクノロジーを活用して解決するというアプローチ、そしてそこに関する知見を得たことはたいへん大きな収穫でした。MaaSを切り口にしていますが、シェアリングやギグエコノミーなど、何かと何かをつないだり、空白になっていた部分をテクノロジーでつなげたり、分散させたり。移動だけではなく、さまざまなデータをかけあわせて多様なことができるようになるんだという期待感が生まれました。

静岡ではLuLuCaというポイントカードとクレジットカードも兼ねたICカードが広く利用されていますが、静鉄グループの電車・バス・タクシー、スーパーマーケット、ショッピングセンター、その他サービスの利用データを有するこのシステムを活かす方法を長く模索してきたんです。現在の発行枚数は80万枚以上で、アクティブな会員数は50数万人もいます。入会いただく際は500円のデポジットをいただきますし、完全記名式ですので、データ群としては非常に貴重で信頼度も高い。そのデータを自分たちのビジネスだけではなく、LuLuCaでカバーしていないもっと広範な領域のデータと掛け合わせて活用できる方法を継続して考えています。

「生活をもっと豊かに。」実証実験の結果から見えた静岡市の移動の未来とまちづくり

---昨年の実証実験を経て、未来に向けた様々なビジョンが見えてきた感じですね。

ちなみに、中期ビジョンの中に「過度の自家用車依存からの脱却」という一文が記載されていますが、先ほどの話を加味すると、マイクロモビリティやそれぞれの移動をつなぐモビリティを代替手段として活用することが考えられます。

一方で「自家用車を使えばどこへでも行ける」という考えがありつつも、なぜ、「過度の自家用車依存からの脱却」目標を目指していらっしゃるのでしょうか?

水野: そうですね、これは、完全に自家用車の利用率を0にするというわけではなくて。QOL(クオリティオブライフ)と言いますか、公共交通機関を利用してどこへでも行けるようになれば、好きな時に好きな場所へ行くことができますが、運転自体が楽しみという方も多くいらっしゃるでしょう。極端な例を挙げると、「公共交通をすべて廃止して、すべての家庭に自家用車を提供します」というような解決策もあるかもしれませんが、それとて市民がみんなハッピーになるとは限らないですよね。ですから、自家用車と公共交通機関はバランスよく共存していくべきだと考えています。ただ、現状では自家用車に依存する割合の方が大きく、静岡市の交通分担率では自家用車が55%近くを占めていますし、とある調査結果でも、電車に依存しているのは東京都の人ぐらいだとわかっています。

高度経済成長とモータリゼーションの進展を背景に、バスは1969年度に乗客のピークを迎え、路面電車がバスへと移り、車に移り、それに伴い、街もライフスタイルも車中心へと変わっていきました。そこが一巡して、街中から様々な商業や住宅がぽろぽろと抜け落ち、空地がふえ、駐車場になり…。寂しくなる街を見つめながら、街を最適化させなくてはならないと強く思いました。

今は自家用車の比重が大きいですが、公共交通と自家用車とのバランスを取って共存共栄を図るためにも、カーシェアリングや既存のモビリティなどをうまく組み合わせて活用していくべきだと考えています。

公共交通をないがしろにすることはできませんし、両方とも市民のみなさんにとって無くてはならない存在です。今までは自家用車に偏った街づくりや政策が進められてきましたが、それが高齢化や人口減少で、ベストな状態とは言えなくなってきた。高齢者の免許返納や車を持たない若者が増えていくと、バランスが大きく崩れてしまいますから、早急にここを是正しなければならないのです。

---自家用車の交通分担率を下げて移動を適正化することが重要ですね。自家用車を持っていない、持っていても運転ができない。そういう人たちが増えるにつれ、都市としてあるべき交通形態を作っていかなければならない…とういうようなイメージでしょうか?

八木:車って、あると本当に便利ですよね。ただ、それなりの値段はしますし、環境に与える負荷も大きく、交通事故のリスクもあります。静岡はSDGs未来都市を宣言していますし、私たちとしては交通機関と車とが上手にバランスを保ちつつ、快適な移動が可能な街にしていきたいのです。

まだみなさんの記憶にも新しいかと思いますが、昨年4月、池袋で高齢ドライバーによる悲惨な事故が発生しました。とても悲痛な事故で、誰もが心を痛めたことと思います。それが車の一番怖いところ。自動運転が実現すればこのような事故も減るかもしれませんが、それはまだまだ先の話です。ならば、事故のリスクを避けて運転ができなくなった人は何を利用すればいいのか。その点を常に念頭に置きながら、誰もがスムーズに移動できるよう、鉄道や自家用車、公共交通をつないで行かなくてはなりません。

自家用車に慣れすぎていると、ほんの短い距離でも車を使うようになってしまう。中にはゴミ置き場にゴミを捨てにいく際にも車を使う方もいますが、健康面を考えると歩くことも大事です。

---それはたしかに、良い傾向ではありませんね。

水野:これは数字として現れない話ですが、主婦の方が高齢のご両親やお子さんの送り迎えをするために運転するとしましょう。この移動は何によって担保されているかを考えてみてください。運転ができる人の貴重な時間を奪っているのです。生産面――そうですね主婦の場合、時間を給与換算するのは難しいですが、知られざる経済的な損失が結構、発生しているのではないでしょうか。もし、送り迎えを他の移動手段で代替できるなら、その空いた時間で習いごとをしたり、働いたり、余暇が生まれることで生活をもっと豊かにできるはず。それは本人にとっても街にとっても有益なことですから、まだまだ改善の余地が多大にあると考えています。

---東京に住んでいるとそのような発想がなかなか出てきませんが、送り迎えなど“ちょっとした移動”は常にどこかで発生していますし、見えない損失を考えることは非常に重要なことですよね。

八木:移動手段が確保できれば、個人の意向で移動手段が選択できるし、誰かに頼る必要もなくなります。そうすれば頼られた人はその分の時間が浮いて、他の経済活動に充てることができます。

水野:私たちが良好な関係性を構築できたのは、このように市民の生活を深掘りした議論を何度も重ねて、ビジョンづくりに半年以上の月日をかけてきたからだと思います。MaaSはあくまでも課題を解決するための手段。最終ゴールをSDGsに据えたことで自然とみんなの意識がまとまっていきました。

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