CASEの進化の先にある新しいモビリティ社会

CASEの進化の先にある新しいモビリティ社会

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志賀 俊之
代表取締役会長
株式会社INCJ

何千年も昔、車がまだ存在しなかった時代、ヒトは徒歩で何時間もかけて移動していました。そこから車輪の発明によって馬車が生まれ、より速く、より遠くへの移動を可能にしました。さらに車が出現したことで、自動車産業と人々の生活が大きな発展を遂げます。しかし、利便性を手に入れたと同時に、環境汚染や死亡につながる交通事故など、多くの問題を抱えることになってしまったのです。
技術が発展し続ける自動車は、CASEの進化とともにどのような社会を築くことができるのでしょうか。

自動車が引き起こしている社会問題

最初に、車の歴史について振り返っていきましょう。車は「ホースパワー」と言われるように、馬車から始まり、馬がガソリンエンジンに変わって車になりました。車が誕生したのは 1886 年、今から 133 年前にガソリンエンジンを積んだ車がこの世に生まれたのです。記録によると、4000 年前に車輪が発明され、馬車という形になったのは 3500 年前。この発明によって、3500 年の歴史を持つ馬車から、133年の歴史を持つ車へと置き換えられましたが、実はもっと短期間で移動方法を置き換えることができると考えています。

1908 年には、フォードがデトロイトで T 型フォードの大量生産を始めました。1900 年のニューヨークでは移動手段のほとんどが馬車でしたが、わずか 13 年後の1913 年にはすべての馬車が T 型フォードに変わりました。当時のアメリカで使われていた馬の数は 1500 万頭とのことですが、その馬たちがわずか 20 年間でいなくなってしまったとか。このように、ほんの一瞬にしてイノベーションが起きたのです。

移動手段が車に変わったことで経済が急激に発展し、人々の生活は豊かになりました。現在、地球上を走っている車の台数は13 億台、日本では 7700 万台の車が走っています。馬車時代の問題は道路上に落とされた馬糞の数でしたが、今では車が普及したことで様々な社会問題が起きています。

その一つがエネルギー。石油エネルギーの25%ほどが輸送に使われていると言われており、膨大な量の石油が消費されています。次に温暖化。 CO2 排出量の4分の1が車によるものです。日本は比較的燃費の良い車が多いのでCO2排出量は全体の17%ほどですが、決して少ないとは言えません。3つめが大気汚染です。渋滞による大気汚染は大変な社会問題になっており、WHO の調べでは、PM 2.5 などを含めて年間 800 万人の方が大気汚染によって亡くなられています。さらに、昨年 WHO が発表した推計では一年で135万人が、日本でも3600人もの方が交通事故で亡くなっているそうです。車は非常に便利な乗り物ですが、これだけ多くの社会問題を隣り合わせで抱えているのです。

私が掲げたテーマは、CASE がどのような進化を遂げ、これらの社会問題をどこまで解決してくれるのか。まずはConnected、Autonomous、Sharing & Services、Electric の進化を見ていきましょう。

進化するCASEの概要と取り組み

Connected:つながる車

人と車がつながれば、様々な情報がリアルタイムで流れてきたり、車同士がつながって信号が不要になったり、さらに20年も経てば、小さな街では車同士がお互いに情報交換をしながら、自然と交通整理ができるなど、車同士のコミュニケーションができるようになるんじゃないかと思っています。そして、車と街がつながっていく。

日産自動車は 2018年のCES で脳波を検知し、リアルタイムで車の制御に活用する「Brain to Vehicle」という運転支援技術を発表していました。さらに同社は研究を重ね、今年の CES では「Invisible to Visible」という、5Gでリアルとバーチャルを融合して見えないものを可視化する技術のデモを行いました。これは、たとえば目の前の交差点で左折しようとしているときに、曲がった先に人や車が来ているのか、人の目では見えない場所の情報を伝えてくれるというもの。徐々に車と人が一体化していく、それがつながる車です。同じように、馬と人との歴史の中には両者で巧みな連携が行われることを意味する、「人馬一体」という言葉があります。

三国志にこんなエピソードがあります。もともとは董卓が呂布に赤兎馬を与え、その後、曹操に渡ってしまう。曹操は関羽を味方につけるために1日千里を走る赤兎馬を関羽に贈ります。赤兎馬は1日千里も走る素晴らしい馬ですが、実は気に入った人しか乗せてくれないのです。そのため、曹操はさすがの関羽も一瞬にして馬を手なずけることはできないだろうと思っていました。しかし、なんと赤兎馬は関羽をすんなりと背中に乗せました。関羽は死ぬまで赤兎馬と共に生きますが、関羽が亡くなった後、赤兎馬は馬草を一切口にしなくなり、そのまま餓死してしまいます。 
自動車業界に長年籍を置いていた私としては、車は単に運転手が移動のために操作するものではなく、パートナーとして付き合っていくことが大事であると思ってきたので、このエピソードを紹介させていただきました。

Autonomous:自動運転

自動車メーカーが自動運転を開発する最大の目的は、何と言っても「安全」のためです。どの企業も交通事故ゼロを目標値として掲げていますが、やはり自動車メーカーの社会的責任として自動運転を開発しています。

自動運転はレベル0からレベル5までレベル分けがされています。レベル0は安全運転装置がない車、レベル1はブレーキ・アクセル・ステアリングのうち1つが自動、レベル2はこの3つがすべて自動ですが、運転手は前を見てハンドルを握っていなければなりません。レベル4になると高度運転自動化、ステアリングもブレーキもなくすべての運転操作を実施するのがレベル5です。
ここでよく話題に上がるのが「自動運転車の事故は誰が責任をとるべきか」。レベル3の車が自動運転している間に事故が起きたら自動車メーカーの責任となりますが、レベル2では運転手の責任です。レベル3の車は緊急時や認識できない障害物などがあるとシステムが運転交代を要請するので、交代後は運転手の責任に変わります。この、「人」と「自動運転」との境目のインターフェイスが非常に難しく、どの企業もレベル3の開発に苦労しているのです。

日産は、今年の秋にレベル2のプロパイロット2.0をリリースしています。レベル2は基本的にはハンズオンですが、ハンズオフ機能を実用化したことで話題になりました。仕組みとしては、ダイナミックマップ基盤が開発する3次元高精度地図データが内蔵されているため、目の前にある曲がり角に対し、このままのスピードで走っていても安全かどうかがわかるのです。これはレベル2.5と言われます。このように、レベル3の手前である高度な運転支援をするシステム開発に注力されているのです。

レベル4や5は技術開発が進んでいるものの、一時期と比べて少しトーンダウンしています。数多くの公道試験が行われていますが、そこで想定外の事態が起きるためです。問題が起きれば1つずつ解決していかなければなりませんし、マシンラーニングでコンピュータに教えていかなければならないため、かなりの時間がかかる。ラーニングが増えれば、車内に積んであるCPUやGPU、メモリを増やさなければならないので、車の値段が高くなる。レベル4クラスになると、1千万円近くは値段が上がるでしょう。そうすると、自分が運転しない車を誰が買うんだと思われてしまう。レベルが上がると次は別の課題が生まれますが、現状はその課題を突破できないのです。

ブレーキとアクセルの踏み間違い事故が多発していますが、馬だと踏み間違いは起こりません。乗馬が下手な人が壁に向かって走っていても、馬は直前で止まりますよね。知能を持っている馬は自分で危険を察知できるからです。交通事故の97パーセントは運転手によるヒューマンエラー。ならば、車に知能を持たせ、車が考えながら運転した方がよほど安全なのではないかというのが自動運転の考え方です。そうやって車は馬に近づいていく。

Sharing & Services

車がない時代は馬車も個人所有でしたし、馬車から車に変わった後も車は個人所有。それなのに、都会では95%の車が駐車場で寝かされたままです。200〜300万円する車を非稼働のままにしておくのはもったいないということで、近年、ライドシェアやカーシェアリングといった新たなビジネスが台頭してきました。会社の駐車場に停めている車を1時間500円で貸し出すなど、時間貸しビジネスも活発です。これは、「Waste to Wealth」という無駄を富に変える考え方ですが、突き詰めていくと自動車メーカーが苦しむことにもなります。
自動車産業は、自動車を作る企業が頂点にいて、販売会社に車を卸し、販売会社を通してお客様に車を買っていただく構造です。しかし、お客さんがモビリティサービスを提供する企業にコンタクトして、そこからサービスを得て対価を支払う構造に変わると、かつて頂点にいた自動車メーカーはモビリティサービス会社の下請けとして車を提供することになります。ただ、所有にこだわるお客さんもいるので100%そうなるとは限りませんが、何十年後かには自動車産業は現在のBtoCではなく、BtoBビジネスになるのではないかと考えています。それが自動車会社にとって最大の課題だと言えるでしょう。
そこでソフトバンクとトヨタがそれぞれのプラットフォームを連携し、MaaS事業の総合データベースを構築しようと動いています。スマートドライブも参加されていますよね。GAFAのようなデジタルメガプラットフォーマーが日本で多くの顧客データを取得し、車やハードウェアを利用してモビリティサービスを展開しようとしていますが、彼らに打ち勝つべく、自分たちなりにモビリティサービスを提供しようという動きが国内でも始まっているのです。

Electric:電気自動車

前段で大気汚染やCO2の排出など多くの環境問題を挙げました。資源や環境を守るために、今、世界中で電気に限らず水素、燃料電池、再生可能エネルギーなど、地球に負荷をかけないエネルギーで走るEVの普及が促進されています。
EVのメリットは環境問題だけではありません。ガソリン自動車は排出ガスを出すために、屋外で保管しなければなりませんが、EVは排出ガスを出さないので一般住宅の中で保管することができます。今の介護施設はどんなに寒い季節でも外で患者さんに乗降してもらっていますよね。直接、施設内に入れるのは施設にとっても患者さんにとっても便利ですし、負担も大幅に減らすことができます。これが病院だと、救急車がそのまま院内に入れるので、よりスムーズな診療が可能になる。災害時は、電気自動車のバッテリーを充電バッテリーとして使うこともできるので、いざという時に重宝します。
いずれにしても、2050年には化石燃料で走る車を減らす、または0にしなければ、CO2削減の目標が達成できないので、今後は再生可能エネルギーの水素や電気自動車が一般化していくでしょう。

自然と車が共生する社会を実現しよう

馬は草を食べて排泄しますから、CO2の観点では一切地球に負担をかけていません。車も徐々にそういうクリーンな姿へと変わっていくのではないでしょうか。自動車産業が生まれて130年が経ちますが、成長と同時に様々な社会課題を生み出してきました。こうした社会課題はCASEという新しいビジネス革命を通して解決し、人と車がつながり、車が安全に走行し、自然と共生する新しいモビリティ社会が生まれるのではないかと期待しています。

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